彼から、「こんなのが来ているよ」と言われてその要望書を見せられたが、もちろん、当社は何も悪いことをしているわけではないから、除名されることはなかった。
商売の方法を変えた頃は、そんなこともあったのである。
ところで、完全な余談になるが、H歯科商店のその息子さんは、やはり商売は肌に合わなかったらしく、やがて商店を店じまいにすると、また歯科医にもどっていった。
今も元気で歯科医院を開業しておられる。
こうして安売りという新しい商売方法を始めた私だったが、ある意味で、時代の流れに乗った商売に切り替えたといえることだったかもしれない。
というのも、現在では、機器の修理は、メーカーがマイコンチップを組み込んだ基板ごと取り替える「アッセンブリ交換」になってしまって、われわれ販売店が関与する要素は少なくなっているからである。
だから、あのとき、修理にこだわらずに安く売って利益を得るという方法に切り替えたのは、この新しい流れに沿うものではあったのだ。
だとすれば、私にその道へと踏み切らせたあの若先生には感謝するしかないのだが、ともかく、それもひとつの契機となって、K坂歯科商店は、また業績を伸ばしていくことができたのである。
それから5年ほど経った昭和53年2月には、練馬区小竹町の自宅兼社屋の近くに、地上3階.地下1階の鉄筋構造のショールームも開設することができた。
実を言うと、このショールームは、もともとは私たち家族の住居用として建て始めたのである。
それなのに、建設中に私か欧米へ視察旅行に行き、そこで同業者の店を見せてもらったことがきっかけで、仕事用に使うことにしてしまったのだ。
新しい家に住むのを楽しみにしていた子供たちには申し訳なかったが、私としては正しい判断だったと信じている。
というのも、デンタル機器の本格的ディーラーショールームとしては、わが国で初のビルだったからである。
訪問していただいた方がおどろくほどの設備内容だったのだが、おかげで、当社に対して、先生方も同業者たちも1日置いてくれるようになり、ますます業績の向上につながっていったのだった。
妻のI江を専務に据え、何人か社員を採用してつづけていたK坂歯科商店を、「株式会社Kサカ」として組織変更したのは、昭和58年5月4日のことである。
それまでは「見放し法人」だった個人商店を、まさに「法人」として再スタートさせたというわけだった。
小竹町にショールームを開設して5年後のことだったが、その頃になると、私も、この商売を存続していくには、そのショールームと今の社屋では少物足りないと思うようになっていた。
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